北海道リーグ参加チーム

北海道リーグ参加チーム

北海道サッカーリーグ

ではここから北海道の参加チームによるリーグ戦について説明していこう。まずは北海道にあるグループが目指すことになる『北海道サッカーリーグ』について説明していこう。日本全国9つある地域リーグ戦の一つで、その始まりは1987年となっている。開催当初、予選で選ばれた4チームが参加し、現在のブラックペッカー函館FCでもある、函館76FCが優勝を果たした。年々参加チームが増えていき、1979年6チーム、1980年に8チーム、1984年に10チームと増えていたが、2013年開催のリーグでは8チームの参加となっている。

2003年までは2部リーグ性を実施していたが、その後は意思されて、代わりにブロックリーグが親切されることになる。仕組みとしては、北海道サッカーリーグの下に5つのブロックリーグを設け、その更に下には地区単位のリーグを設けて、出場するチームを選抜するというものだ。優勝したチームには全国地域サッカーリーグ決勝大会に出場することが出来る。リーグの中で下位チームだったところには、ブロックリーグへの降格制度も存在しているため、成績次第ではチームが降格してしまうというのもよくある話だ。

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「安すぎて大丈夫なの?」とか「安いから手抜きするんじゃないか?」とご心配になる方もいらっしゃるのではないかと思います。クロス張替え 相場もちろん、手を抜くことなどありません(できません)。

日本フットボールリーグへの昇格

リーグ優勝者には全国地域サッカーリーグ決勝大会の出場権を得ることになり、ここで一定の順位を入ることが出来れば、上位の全国リーグへ昇格することができるようになっている。そのため、各地のサッカーチームはその僅かな門を開くために日々努力を積み重ねている。しかし2012年までにJFLに昇格している北海道サッカーリーグ出場者の中にはいまだになく、その一歩手前まで行ったチームが、先の項でも紹介した『クラブフィールズ・ノルブリッツ北海道』となっている。王手を掛けていたが、惜しくも決勝ラウンドにて敗退を帰すことになってしまうのだった。

北海道サッカーリーグ参加チーム

ではここからは北海道サッカーリーグに参加しているチームを紹介していこう。途中降格などもしているため、2012年度の成績を参考に紹介していく。全てのチームは紹介しきれないので、1部のチームを紹介していく。

札幌蹴球団

先ず最初にご紹介するのが昭和45年に創設された『札幌蹴球団』について話していこう。元北海道サッカー協会副会長の鈴木重男氏や鈴木徹氏、川崎聖夫氏、松尾幸雄氏ら札幌大のOGなどが中心となって創設されたサッカークラブ。その年、故 中林太司馬氏との縁もあってか、団長に礼を尽くして、そこで『北海道で一番強いチームを作ろう』というスローガンを下に、終戦当時から北海道サッカー協会理事長でもあった原崎正氏らが結成した第一次『札幌蹴球団』の名を受け継いで、活動を始めたという。

その翌年には、元北星学園高校サッカー部監督の池田達彦が監督として就任し、さらに札幌大学を卒業した藤山和夫氏なども加わり、その都市の国体の道予選で準優勝を果たし、社会人大会で優勝して佐賀の全国社会人大会に初出場するなど、北海道サッカーリーグの中では最多出場も誇る古豪としても、これまでの北海道社会人サッカーを牽引してきたクラブといえる存在である。

十勝フェアスカイ・ジェネシス

北海道帯広市を拠点としているサッカーチームで、2006年までは道東ブロックリーグに所属していたがその後北海道サッカーリーグに昇格を果たす。

クラブの元となったのは、1995年旧スモカバスコを母体に『ルードボーイズ』を設立し、帯広社会人サッカーリーグ4部から、その歴史を始めるのだった。その順調にリーグを勝ち上がって昇格していき、ブロックリーグが結成された当初は道東リーグに所属していた。発足から10年、遂に道東リーグでの優勝を果たすこととなり、北海道リーグへの昇格を果たすこととなる。その後は成績不振で降格をしてしまい、再び北海道リーグへと返り咲いたのは2010年のことだった。

チーム名の由来は『十勝晴れと公平の精神、十勝のサッカーファミリーが共有できる空』という思いからこの名前が考え出されたという。クラブとしての人気も徐々に上がっており、近年では講演会や施設サポーターも増えており、クラブの活動を期待している人が増えていることを示している。

トヨタ自動車北海道サッカー部

トヨタ自動車北海道のサッカー部であり、2002年北海道社会人リーグの2部参戦が決定し、2003年の第26回北海道社会人リーグにも参加を果たしており、2009年まで同リーグに在籍し続ける。北海道社会人リーグ初参加の2003年の第26回は4位の成績とまずまずの展開だった。

一度リーグ成績7位を記録してしまい、降格の窮地に立たされるものの、札幌ウィンズFCに見事勝利したことで、北海道社会人リーグの残留が決まる。2009年はその後の銚子が振るわなくなり、道南リーグへと降格してしまい、その後も何とか北海道サッカーリーグへの昇格を狙っていたが、中々旨くいかずにやきもきしていたが、昨年の2012年3月には、見事に北海道リーグへのフックを果たしているのだった。

札大GOAL PLUNDERERS

札幌大学内にある社会人登録チームの一つ。チーム作りのきっかけになったのは、大学側の武としても選手に出場の機会を与えたい、また協会側としても社会人サッカーを経験することで更なる技術の進歩を期待したい、という思いから大学内にて社会人登録チームの設置が決まったのだった。

加入当初は様々な大会で優勝を果たし、参加して僅か2年で北海道リーグへの参戦を決めるのだが、このチームも現在までにJFLまでたどり着くことが出来るものの、中々昇格することが出来なかった。

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六花亭マルセイズFC

北海道は帯広市をホームタウンとしている六花亭製菓の社会人クラブチームとなっている。あの六花亭のサッカークラブというのも驚きだが、社訓でもある『仕事も遊びも一生懸命』というのをモットーに、会社のバックアップを下に、サッカークラブが設立された。

2006年開催の第26回会長杯全十勝サッカートーナメントにて初優勝を果たし、2008年には道東ブロックリーグに昇格を果たす。それから成績を徐々に伸ばしていき、2010年には北海道リーグの昇格を果たす。

チーム名にもなっている『マルセイズ』とは六花亭の代表的なお菓子の一つでもある『マルセイバターサンド』にちなんで名づけられている。六花亭が管理しているクラブ活動は全て『六花亭マルセイズ』というチーム名と、名前だけいってはどのチームを指すのかわからない仕様となっているので、覚えるのが一苦労かもしれない。

アンフィニVANKEI.FC

とても格好いいチーム名ですね、次にご紹介するのはこちらは北海道札幌市を拠点に構えているクラブ『アンフィニVANKEI.FC』の魅力を披露していこう。

もともとのチーム名は『豊蹴会』と呼ばれていたが、1987年に新しいチームの代表となった眞木幸三が呉服屋『まるぜん』を経営していたこともあり、チーム名を『ERIZEN.FC』の名称となる。1994年には『VANKEI.MAKI.FC』と再び改名することになり、2000年には『えり善真木VANKEI.FC』と何をしている人たちなのか一瞬分からないチーム名となり、その後2006年には『VANKEI.FC』、2011年にようやく『アンフィニVANKEI.FC』と改称するのであった。こういってはあれかもしれないが、チーム名がよほど迷走しているのが見て取れるので、もう少しシンプルで覚えやすいものにしたほうが良かったのでは、と思うがこればっかりは仕方がないだろう。

名前はともかく、チームとしての戦績に関してはそこまで悪いものでもなかった。1994年には全国クラブチームサッカー選手権大会でも優勝しており、2003年には北海道リーグ1部へと昇格している。ところがその後の功績は下降気味となっており、2005年には道央ブロックリーグへと降格してしまうものの、2011年のブロックリーグ決勝大会で優勝したことで、北海道リーグに8年ぶりに復帰するも、1年で降格してしまう。

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