北海道リーグ参加チーム

道南ブロックリーグ参加チーム

道南ブロックリーグ

次に紹介するリーグは、道南ブロックリーグについて説明していこう、リーグは北海道西南部を中心に開かれており、詳しい概要は道央などとさほど変わるような特徴はない。北海道の渡島・檜山・胆振・日高管内のクラブチームが参加するリーグとなっており、それぞれの地区によって管轄となる協会が異なっている。

  • 渡島・檜山管内のクラブチーム - 函館地区サッカー協会
  • 胆振管内西部(登別市以西)のクラブチーム - 室蘭地区サッカー協会
  • 胆振管内西部(登別市以西)のクラブチーム - 室蘭地区サッカー協会

2011年のレギュレーションでは、函館地区2チーム・室蘭チーム2チーム・苫小牧地区2チームとなっている。

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リーグ形式

6チーム2回戦総当りで行われており、道央を含めたリーグと同じ形式となっている。

昇格

リーグ1位のチームはブロックリーグ決勝大会参加の権利を得ることが出来て、同大会で定められた成績を収めることが出来たら、北海道サッカーリーグへの昇格が可能となっている。

降格

2011年のレギュレーションは以下の通りとなっている。

  • 角逐ごとで、下位のチームは各地区リーグの代表チームと入替戦を行い、それぞれの勝者が道南ブロックリーグに昇格ないし残留が決定し、それぞれの敗者が地区リーグに降格することになる。
  • 道南ブロックリーグから北海道リーグへの昇格があった場合は、その昇格チームと同じ地区の地区リーグ1位チームが自動昇格となる。
  • 北海道サッカーリーグから道南ブロックリーグへの降格があった場合は、その降格チームと同じ地区のブロックリーグ所属チームで下位のチームが自動降格となる。

ただ、2010年の頃は各地区で下位のチームが5位以下であった場合は自動降格として、その場合自動降格したチームと同じ地区の地区リーグ1位チームが自動昇格することになるシステムがあった。

新日鐵住金室蘭サッカー部

ではここから道南地区に参加している主にクラブサッカーチームを紹介していこう。先ず最初に紹介するのが、『新日鐵住金室蘭サッカー部』だ。このクラブは北海道室蘭市を本拠地とする実業団サッカークラブチームとなっており、その歴史は1939年から創部された、由緒あるサッカークラブとなっている。つまりは戦時中にクラブサッカーを創部しているということだ。この当時はまだ野球としてのスポーツが最も盛んだった時期でもあり、またサッカーの発祥の地となっている西欧とはドイツを除いて敵対関係であったこともあり、当時こうしたサッカーをしているということは、反日感情を持っていると見られていたのではないか、という憶測も持てる。これに関しては個人的な意見であり、確証などもないことは追記しておく。一ついえることは、情勢が戦時中ということでありながら、サッカー部を創設することに踏み切った日本製鐵輪西製鐵所は、広い視野を持っている企業なのではないか、と思われる。

戦時から存在していることもあり、その歴史も古いことも含めても、チームとしての活動は目を見張るものであった。1979年に第2回北海道サッカーリーグに参加して初優勝を飾り、1990年の第13回も優勝を決めている。その後、2001年に北海道サッカーリーグ2部へ降格することになるも、その後2003年より道南ブロックに所属する。道南ブロックでは賛歌年から優秀な成績を収めるようになり、2013年度からは北海道サッカーリーグへの復帰も果たしている。またそのほかにも全国地域リーグや天皇杯全国大会、全国社会人サッカー大会、全国大会に出場と、部の歴史に恥じない歴史を築き上げている、実力派クラブサッカーチームとなっている。

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ブラックペッカー函館FC

次に紹介するのが『ブラックペッカー函館FC』だ。北海道函館市にあるクラブチームの一つとなっており、創立のきっかけとなったのは1976年北海道教育大学函館校のサッカー部の監督を担当していた田中和久氏が、函館FC1976を設立したことが起因となっている。1978年に発足した第1回北海道サッカーリーグに参加するも思うように戦績を残すことができず、2008年には道南ブロックリーグへの降格が決定してしまう。翌シーズンまでに道南ブロックリーグに参加するまで、北海道社会人リーグに在籍し続けていたクラブチームでもある。

北海道サッカーリーグ開催年では初優勝を飾り、その後の第3回で優勝を決めるなど、決してクラブとしては名に恥じない活動を残しているが、その後に繋がる目だった功績を残していないのが、現状辛い状況かもしれない。

1982年に総合スポーツクラブ構想に伴い英語で黒いキツツキ『ブラックペッカー』の意味から、ブラックペッカー・スポーツクラブを創立し、それにしたがってチーム名もブラックペッカーFCに改名する。1984年4月の総合スポーツクラブ構想に沿って、ブラックペッカー・スポーツクラブが創立されたときに、チームの弟分として下部・関連組織のクリオFC函館1982も発足し、更にその2年後には女子チームとしてBlackPecker函館FC KILTIEも発足するなど、地域振興の意味も含めたサッカー活動をし続けている。

その他、2012年度参加のサッカーチーム

  • シンドウDENKI FC
  • 浦河FC
  • VAIN FC
  • 苫小牧港開発

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